
※登場人物は全て仮名です。
午前2時。スマホの光だけが暗い寝室を照らしている。
「これは...違う。レビュー見ると2ヶ月で壊れてる人いるじゃん」
私、藤田麻衣子、38歳。会社員。冷え性歴20年。
今、人生で最も真剣な買い物をしようとしている。それは、ふわとろ電気毛布だ。
去年、普通のふわとろ毛布を買って大失敗した私。今年は絶対に失敗しない。だって、冬の3ヶ月間、毎日使うものだから。安物買いの銭失いは、もうごめんだ。
「口コミ...口コミをもっと読まなきゃ」
スマホを握りしめ、私の長い夜が始まった。
楽天のレビュー欄を開く。星5つから星1つまで、全部読む勢いで。
「ふわふわで最高です!でも洗濯したら固くなりました...」
待って。洗濯できるって書いてあるのに、洗ったら台無しになるの?それって意味なくない?
次のレビュー。
「暖かいけど、コードが短すぎてコンセントに届きません。延長コード必須です」
...コードの長さまでチェックしなきゃいけないの?
そして、決定打。
「ふわとろ感は最初だけ。1ヶ月後にはゴワゴワです。触り心地重視の人にはおすすめしません」
スマホを置いて、深呼吸。
「これ、ちゃんと選ばないと、去年の二の舞だわ...」
もう一度、検索窓に向かう。今度は「ふわとろ電気毛布 口コミ 本音」で調べ直す。
気づいたら、全然関係ないページを見ていた。
「冷え性改善には生姜紅茶が効く...?」
違う。私が欲しいのは毛布だ。生姜紅茶じゃない。
でも、ちょっと気になる。クリック。
「体を温める食べ物ランキング。1位、根菜類。2位、発酵食品...」
読み進める。なるほど、キムチ鍋とか良さそう。週末作ろうかな。
「あ、でも私、白菜高いときに買いたくないんだよね。今っていくらくらい...」
スーパーのチラシアプリを開く。
「おっ、今週は白菜98円!安い!」
...って、違う。
私は今、毛布を探しているんだ。
スマホを顔から離して、天井を見上げる。深呼吸。
「落ち着け、麻衣子。あなたは今、毛布のレビューを読んでいたはずだ」
気を取り直して、もう一度レビューページへ。
今度は、星3つのレビューを中心に読むことにした。星5つは褒めすぎ、星1つは辛口すぎ。星3つが一番リアルな意見だと、雑誌で読んだ気がする。
そして、見つけたんです。
「42歳、万年冷え性です。これまで5枚くらい電気毛布試しましたが、これが一番良いです。理由は、1.ふわふわ感が3シーズン続いてる、2.洗濯機で洗っても大丈夫(ネット必須)、3.温度調整が細かくできる、4.コードが2.5mあるので配置に困らない。ただし、最初の1週間は少し匂いがあります。天日干しすれば消えます」
これだ。
具体的。リアル。長く使ってる人の意見。
しかも、デメリットもちゃんと書いてある。匂いがあるけど、対処法も教えてくれてる。
「この人、信用できる...」
他のレビューも読む。同じ商品で、似たような意見が複数ある。
「50代ですが、夫婦で使ってます。夫は暑がりなので温度低め、私は高めに設定。それぞれ調整できるのが良いです」
「洗濯5回しましたが、まだふわふわです。ただし、乾燥機はNGです!縮みます!」
みんな、ちゃんと使い込んでる。
価格は...1万2千円。
去年買った普通のふわとろ毛布が5千円だったから、倍以上。
でも、考えてみれば、これを3年使えば、1年あたり4千円。去年の毛布、結局湯たんぽ買い足したから、トータル7千円くらいかかってる。
「...むしろ、こっちの方が経済的じゃん」
レビューを読み込み、比較サイトもチェックし、価格推移グラフまで確認した。
この商品は、年末から値段がほぼ変わっていない。つまり、セール待ちしても意味がない。
「今、買おう」
カートに入れる。
でも、指が震える。購入ボタンの前で、また迷う。
「本当にこれでいいのかな...もう少し安いのも...」
いや、ダメだ。
去年の私を思い出せ。
寒さに震えながら、「安かったから仕方ない」って自分を納得させてた、あの夜を。公式のを買えばよかったなーと公海したあの夜を。
友達に「普通のふわとろ毛布」って小声で言った、あの恥ずかしさを。
「今年は違う。今年は、本当に満足できるものを買うんだ」
ポチ。
注文完了。
画面に「ご購入ありがとうございます」の文字。
不思議と、体が温かくなった気がした。
仕事から帰ると、玄関に大きな段ボール。
「来た...!」
急いで開封。
ビニールから出した瞬間、ふわっと広がる毛布。
触る。
「...うわぁ」
去年の毛布よりも、明らかに質感が違う。密度が濃い。指が沈み込む。
レビューに書いてあった通り、少し匂いがある。でも、化学的な嫌な匂いじゃなくて、新品の布製品の匂い。
窓を開けて、ベランダに干す。
夜。
お風呂から上がって、パジャマに着替えて、スイッチオン。
温度は、レビューで「最初は中くらいがおすすめ」って書いてあった通り、真ん中に設定。
3分後、ベッドへ。
毛布を体にかけた瞬間。
「...あったかい」
すでに、ほんのり温かい。
そして、このふわふわ感。
体が、毛布に包まれるんじゃなくて、毛布が体を優しく受け止めてくれる感じ。
足先まで、じんわりと温かさが広がっていく。
「これか...これが、本物か...」
翌朝、目が覚めた時、体がポカポカだった。
いつもなら、布団から出たくなくて二度寝するのに、今日はすんなり起きられた。
会社で、同僚の田中さんに話した。
「ねえ田中さん、私ね、ついに本物のふわとろ電気毛布買ったんだ」
「おお、去年普通の買ってたやつだ。どう?」
「最高。もう、人生変わった」
「大げさだな」
「大げさじゃないよ。だって、毎日7時間くらい使うものだよ?1年で2500時間以上。それが快適かどうかって、人生の質に直結するでしょ」
田中さんは笑ったけど、私は本気だった。
安いものを買って後悔するより、ちゃんと調べて、納得したものを買う。
それが、30代後半の私が学んだ、買い物の極意。
夜、またベッドに入る。
スマホを置いて、電気を消す。
ふわとろの毛布に包まれて、目を閉じる。
「去年の私、ありがとう。失敗してくれて」
その失敗があったから、今の幸せがある。
明日も、明後日も、この毛布が私を温めてくれる。
それだけで、冬が楽しみになった。